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七月の声

本日は参議院議員選挙投票日だ。選挙権が18歳から与えられた初の国政選挙となる。アンケート調査では、若いほど与党支持が多いらしい。なんだろうね。世の中、変わった?
安倍自民政権による憲法改正が背後に隠れているとあって、メディアの光も当たり、日本国憲法のことをすこしずつ知ってみると、今まで知らなかったことに驚く。知らされずにきたことに、疑念がわく。
学校で教わる一般的な日本国憲法は今も3つの柱だ。基本的人権、国民主権、平和主義。ぼくの習った1960年代では、国民主権は主権在民、平和主義は戦争放棄、と唱えたのを覚えている。
ところがその内容以上に大事なこと――日本国憲法が生まれた背景、そこから託された根底にあるものが伝えられていないのだ。そのために3つの柱もどこか国民の心に深く根付いていない気がした。
背景とは太平洋戦争の悲惨な結果だ。日本国が二度と過った道を辿らず、国民を不幸に導かないこと。その誓いを根底に置いて、作られたのが新しい憲法だったのだ。
過ちは、国家権力が暴走して、個人を蹂躙したために起きた。だから暴走しないように国家権力を縛り、国民を守るための法律を作った。それが憲法なのだ。だから憲法を守る義務は、国民でなく、政治家と公務員に課せられている。
これが今回、初めて知った「立憲主義」というものだ。
さらに背景を深く考えると、国家権力に歯止めが効かなかったのは、国家が個人の上に立つ――そもそもその関係にあった。国民一人一人が個人として確立して、国家と対等に並ぶこと。日本国憲法はその意識変革を国民に求めているのだ。それもまた今、知った。知らせてほしかったことだ。
日本国憲法は、国家権力を担う者たちに遵守を誓わせると同時に、国民に「個人主義」の実現を要望しているのだ。
人権意識に乏しく、主権の発動である選挙の投票率が低く、どこか戦争が他人事なのは、自分を含めて、いまだ日本国民が個人として立てていないからではないか、と理解するようになった。
今日は投票日だ。――みんな、立っているかい?

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山口タオ

Author:山口タオ
青い大きな星の上にようこそ!
童話作家山口タオのブログです。のらねこソクラテスや米とのさまやことわざおじさんと一緒に、日々の雑感、創作裏話、そして地球の謎を追う想像力の旅を綴ります。

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